横浜から宮城県鳴子温泉に移住!あべむつみのブログ

横浜市出身の独身アラサー女子が震災後に宮城県大崎市鳴子温泉というど田舎に移住。数年後、たくさんの友人達に協力していただき手作りの英国式リフレクソロジーサロン『ナルコリフレ』を開業することができました。開業にあたってのいろんなお話や、田舎あるある、移住者あるあるなど発信していきま〜す!

自己紹介

こんにちは!

宮城県大崎市鳴子温泉で英国式リフレクソロジーサロン『ナルコリフレ』のオーナーあべむつみです!

 

早速毎日書けてないよね。

毎日どころか何日経ってんのよって感じよね。

あたたか〜く見守って頂けるとありがたいです。

 

さて、私が何者か説明します。

 

産まれは神奈川県横浜市保土ケ谷区

ついこないだ33歳になった独身女子です。

血液型はAB型。5人家族。3人きょうだいの末っ子の甘ったれ。

小さい頃からお姉ちゃんのマネばかりしていた。(お姉ちゃんいる人あるある)

お兄ちゃんとはケンカばっかだし前歯折られたから人より歯なしちゃんの期間が長かったし(一生根に持ってやる)

お父さんお母さんもケンカばっかだったけど、家が広くなるたびにケンカも少なくなったような。

 

父は鳴子に来る前銀行員で単身赴任もしていたので、私が中学くらいの時から家族はあんまり仲良くなかったかな〜

 

父の実家が宮城県栗原市なので、ちーさい頃から毎年宮城には来ていたので大好きでした。

じーちゃんは農家やってて米がうめーんだ。

 

そのじーちゃんが1人になってしまうっつーことで、父は脱サラして鳴子温泉フランチャイズファミリーマートを始め、1年後には池月に2店舗目を始めた。

まさか三男坊の父も自分が宮城に帰るとは思ってなかっただろうな〜

 

私は父が鳴子温泉でコンビニを始めたことで鳴子温泉の存在を知ることになる。栗原市しか行ったことなかったので。

 

当時はまだ私は東京の専門学生で、アパレル靴のOEM会社に就職も決まったし、1ヶ月だけカナダ留学に行こうとした3日前くらいにおじいちゃんが亡くなって。急いで新幹線でお葬式に行った。

 

おじいちゃんのために宮城に帰ってきたのに、すぐ亡くなってしまって、しかも仕事で死に目にも会えず、父は泣いていた。

 

じーちゃん亡くなって悲しかったけど、その父をみているほうが辛かった。

ので、自分も後悔する前に、親孝行しておかなきゃなと思うようになった。

 

そんなこんなで就職した会社は1年で辞め、(この会社はめちゃくちゃおもしろかったので後日書きます)、いろんな経緯でリフレクソロジーに出会い、学校に通い、直営サロンの試験に合格し、横浜の二店舗に勤めて、震災を機に鳴子温泉に移住することになりました。

 

とまぁ、簡単ではありますがこんな経緯で鳴子温泉にきましたよ。

よく、なんで横浜なんてゆー都会からこんな田舎の鳴子に来たよねぇ?って言われるけど、今では横浜よりも大好きになりました🎵

 

そんないろんな鳴子温泉の情報とかも書けたらいいな〜と思います🎵

 

次の記事はいつになることやら…でも、よろしくお願いします〜!